ごあいさつ

皆さまこんにちは。院長の古澤と申します。

 私はその昔、心臓血管外科を一生懸命やっておりました。
 平成16年、38歳の時には母校信州大学の心臓血管外科で臨床のチーフになりましたが、時を同じくして母を交通事故で亡くしました。長野赤十字病院の救急外来で看取りました。

 平成17年から、長野赤十字病院の救急部長になりました。
 長野日赤の救急外来は、年間1万5千人の患者さんが来ます。救急車は5000台です。
 指にトゲがささった、包丁で切った、風邪をひいた、お腹が痛い、心臓が止まったなど、いろんな患者さんの治療をしてきました。
 これは大変な仕事でしたが、長野日赤の職員の総力をあげ、また消防や医師会や行政の皆さんの協力を頂きながら、何とか乗り切っておりました。

 その患者さんの中には、「ぐあいが悪いのはからだか、こころか?」という方もたくさんおられました。
 そのころから私は、「こころとからだの真ん中あたりを診てくれる医者はどこかにいないか」と思っておりました。

 平成22年から、自殺未遂の患者さんを自分でも診るようになりました。年間130人以上の入院があり、最初はとまどいました。
 精神科の患者さんを診るには勉強が必要であったので、長野日赤の精神科の先生に教えを乞い、精神科救急の学会や、厚生省の自殺対策研修会で勉強を始めました。
 そこで、ある精神科の先生の一言にショックをうけました。

 「うつ病の始まりは不眠や食欲不振や痛みであり、これはからだの症状である」

 私は、「からだを診る身体科の医者と、こころを診る精神科の医者の距離が遠すぎるのだ。誰かが真ん中にいなければいけない」と思うようになりました。
 心療内科・精神科の医師としての勉強は、上田市の千曲荘病院の先生、日赤の精神科の先生、長野市の精神科の先生にお世話になり、今も続いております。

 そんな事を考えていた平成27年、癌で闘病していた父を、自分の家で看取りました。
 父のわがままはだいぶ聞きましたが、不安や恐怖を聞いてあげたか、よりそったかには自信なく、反省がのこりました。

父も母も亡くなり、ふと「私はもう親孝行ができない」と考えたとき、何かに押されるように「自分が、からだとこころの間の医者になろう」と思いました。

どこか「ぐあいが悪い」方は、どうぞお越しください。

青豆診療所 院長 古澤武彦

略歴

昭和60年 長野県立長野高等学校 卒業
平成4年 国立信州大学 医学部医学科卒業
同年 信州大学医学部 第二外科 心臓血管外科
平成6年 財団法人榊原記念病院 心臓血管外科
平成14年 長野赤十字病院 心臓血管外科副長
平成17年 長野赤十字病院 救急部長
平成21年 医学博士取得
平成28年 千曲荘病院 心療内科・精神科 医師
平成29年6月 青豆診療所 開設